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自分が興味を持ったものが次の日から街に溢れ出す

2013年11月02日 16:37

ここ最近、いくつかの読書会や勉強会というものに参加させて頂いている。

普段の生活ではまず会えないような職種の方や、ビジネスをされている方と交流を深めることができるため、非常に勉強になり、ありがたく感じている。

その中で聞いた気になった話で、「自分が興味を持ったものが、次の日から街に溢れるようになる」というものがあった。
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例を用いると以下の通りとなる。
・ベンツに興味を持つと、次の日から街中を走るベンツをそこら中で見るようになる
・海外旅行に行くと決めた場合、TVなどでその国のニュースが目に入るようになる
・知り合いに赤ちゃんが出来ると、ベビーカーを押す人をそこら中で見るようになる

これらは、もちろん全て元から存在していたものなのだが、自分が興味を持ったことで、新たに自分の視界に入って来るようになったということ。

つまり、興味の対象を広げることにより、違う世界が目に飛び込んでくるようになったということ。

もっと突っ込んだ言い方をすれば、それを知ったことにより生活が一部変わったということだ。


これから言えることは、「知らない」ということは、自分にとって、それはこの世界に存在しないということと同義であるということだと思う。

前述の例以外だと、身近な(?)お金の話を例にとってみると分かりやすい。

給料や運用益などに関してはたいていは興味がある分野のため、勿論知っているものだと思うが、以下のものはどうだろうか。
・自分に掛けた(掛けられた)保険の詳細
・年金、確定拠出年金
・口座の残高
・クレジットカードの使い道

これらは全て自分自身のことなのだが、ちょっと知らないとマズいなと思われるようなことに関しても意外と知らないのでは無いかと思う。

実際に世界に存在しているのだが、自分が知らないため認識はされず、気づいたら取り返しがつかない事態に発展してしまう..場合もあるかもしれない。


と、これまで色々書いて来たが、勿論この世にあるすべての情報を知ることはできない。

逆にそんなことができたら情報の波に飲まれて、たちまち頭がパンクしてしまうと思う。
(それをやろうとしているgoogleなどに代表される企業は情報保存のための膨大な数のサーバーを所有しているのだと思う)

様々な対象に興味のアンテナを貼るのは厳しい。
だからこそ自分の知りたい情報の取捨選別が大事、といったところか。


最後になるが、私がこの話を聞いて、関係は無いと思うが以下の2つの言葉を思い出した。
・情報格差の意味のデジタルディバイト
・ユリウス・カエサルが言った「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」

特に後者は、自分としては、一つの思考に凝り固まった結果別の意見にも耳を傾けず突っ走ってしまうことなのだと今まで解釈していたが、今回のことにも当てはまるような側面もある気がする。
(先に挙げた通り、興味の対象でないものなら何も感じない、知らないものは存在しないという面で)

まあ、だからと言って知らないことが悪いことではないし、何より、知るための努力や理解する努力、そして調べる努力のほうが大事なのかなと思う。
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